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日々の指針

私達は常に進歩し、前進しつづけているのである。いかなる悪い状態、困難な状況に立たされていようとも、あたかも現われている状況が誰の目から見ても明らかに後退しているようにみえようとも、私達は必ず神の姿に向って前進、進歩しつづけている。それが本来の私達の姿である。迷い道、遠まわりの道、危険な道も終局は、本道につながっているのである。 であるから、何事に対しても心痛めず、自信をもって前進し進歩していると、... 私達は常に進歩し、前進しつづけているのである。<br />いかなる悪い状態、困難な状況に立たされていようとも、<br />あたかも現われている状況が誰の目から見ても明らかに後退しているようにみえようとも、<br />私達は必ず神の姿に向って前進、進歩しつづけている。<br />それが本来の私達の姿である。迷い道、遠まわりの道、<br />危険な道も終局は、本道につながっているのである。<br /><br /> であるから、何事に対しても心痛めず、自信をもって前進し進歩していると、<br />自分自身で思うことである。<br /><br /><br /><span style="color:#ff0000">世界人類が平和でありますように</span>
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如是我聞

因縁の世界は超えなければならない世界である。因縁があろうと無かろうと、その世界を超えて、神と一体にならなければならない。 だから、あくまでも自分の言葉を通して道を説いても、自分の体を通して人を救っていても、それは自分がやるのではなく、神様がやらせて下さるのである。自己満足、自己陶酔をしているうちは、本心を開くことは出来ない。宗教というのは、空(くう)になったところから初めて第一歩が踏み出されるので... 因縁の世界は超えなければならない世界である。<br />因縁があろうと無かろうと、その世界を超えて、神と一体にならなければならない。<br /> だから、あくまでも自分の言葉を通して道を説いても、<br />自分の体を通して人を救っていても、それは自分がやるのではなく、<br />神様がやらせて下さるのである。<br /><br /><br /><br />自己満足、自己陶酔をしているうちは、本心を開くことは出来ない。<br /><br /><br /><br />宗教というのは、空(くう)になったところから初めて第一歩が踏み出されるのである。<br /><br /><br />(1964年2月「白光」 五井昌久著 高橋英雄編著)<br /><br /><br /><br /><span style="color:#cc0000">世界人類が平和でありますように</span>
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