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すべては心

肉体がいかなる状況にあろうとも
すべての機能・臓器・器官の内なる働きは
常に完璧にそれぞれの役割を遂行しようと懸命に試み
癒し、進化し、創造しつづけているのである

肉体は本来何事も為しうるものなのである
修復しうるものなのである
自らの肉体の見事さ、完全さ、偉大さを
人は心から知らねばならない
たとえ肉体が傷つき病み痛んだとしても
肉体が癒されないということはない
肉体は放っておいても自然に癒され調和し
元の完全なる働きに戻ろうとするものなのだ
なぜならば、六十兆の細胞のDNAの一つ一つが
宇宙の意志に従って存在し、役割を担っているからだ

その本来の働きを邪魔し、妨げ、混乱させているのは
自らの不安、恐怖の心そのものなのだ
それ以外にない
それは自らの完全性、調和性、神秘性を信じていないからだ
自らの心が自らにしむけている業(なりわい)なのだ
自らの心を束縛し、制限を加え、働きを阻止しているのは
自らの否定的想念そのものなのだ
その否定的想念そのものが
自らの肉体の癒しを阻(はば)んでいるのである



すべては心 肉体が病気になるのも健康であるのも
すべては心 病気が癒されるのも悪くなるのも
すべては心 幸せになるのも不幸になるのも
すべては心 善きことのみを引きつけるのも悪いことを引きつけるのも
すべては心 成功も失敗も
人類の心がすべてを決定してゆく
自らの幸せも、人類の幸せも、地球の平和も、宇宙の調和も
自らの心がすべてを決定してゆく
人は欲望に把われている限り自らの心を縛りつづける
人は自らの欲望から解放された時
自らの思う通りの光り輝く人生を生きることが出来るようになる

自らの心が自らの生命を粗末に扱っているからこそ
自らの肉体が不調和になってゆくのだ
幸福とは決して物欲の充足ではない
幸福とは心の中にまず幸福の状態があってこそ
はじめて幸福になってゆくものだ


心の中に常に不完全なる状況が存在しているからこそ
不幸になり、 病に侵されてゆくのだ
物事の業は心がすべて、心がすべてを支配する
充つるも欠くるも
貧も病も不幸もすべては心の為せる業である
だからこそ人類はみな自らの心を見つめ
自らの心を感じ、自らの心に問い
自らの心を諫(いさ)め、自らの心を正してゆくものなのだ

そのためには
真理の書をひもとき
真理に接し
真理を体験し
真理の人と交わる
真理こそ心が欲する栄養素なのだ
これこそ自らの心の欲望、束縛を解放し
自由自在に生きる道なのだ

心が乱れれば肉体も乱れる
心がだらければ肉体もまただらける
心が怠惰なら肉体もまた怠惰になる
すべては心だ 肉体は本来完璧だ
心が肉体を駄目にする
心が肉体を弱めている
心が肉体を傷つけ痛め病ませるのだ
肉体は本来完璧だ 大調和だ
進化創造を司っている
そんな本来の肉体の役割を
ねじ曲げ酷使し痛めつけている自らの心
心が正しければ肉体も整う
心が真理に満たされていれば肉体も本来の完全さを発揮する

宇宙ー心ー肉体は
 一つに直結している
心が宇宙(真理)からはずれれば
 肉体ははずれた心に従う

心を無視して肉体のみが
   宇宙に直結することはない
心は宇宙(真理)と肉体のかけ橋だ
心が宇宙(真理)と直結すれば
たちまち肉体は本来の完全さを発揮する

人は本来
肉体の病を癒すのではない
肉体の病を癒すことに専念するのではない
まず心を癒すことに専念するのだ
心が癒されれば自然に肉体は癒される
肉体は心に従ってゆくものなのだ
心が真理に向うようになれば
肉体の病は即消える
すべての業は心なり

心こそすべてのすべてである
心の力、心の創造、心の調和
心の進化を学ぶことこそ人生である
地上における我々の天命である
病は心を正せば即消える
その真理にゆきつくための修業なり
人類即神也 我即神也

(2002年3月「白光」【すべて心 シリーズ・インフィニット・ワーズの詩《27》】から 西園寺昌美著)


世界人類が平和でありますように
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