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無名は天地の始めなりー「老子講義」よりー

 神は天地の始めである。天地といっても私たちがこの肉眼で見ている、
青空とか大地とかいうよりもっと深い、もっと奥の霊的な天地があるのでして、
その霊的な天地がこの肉眼に見える天地とも現われ、人間内部にも天地あるいは陰陽として、
その働きをしつづけるのであります。

ただ神という名がつくと、その神という名によって神の道というような、
一つの型をつけたくなるのが
人間の癖であります。


ここに一つづつの布巾(ふきん)と雑巾(ぞうきん)とがあるとします。

一反の木綿の布地がその布地そのものとしては、布巾(ふきん)に使われるか、
雑巾に使われるか定まっていませんが、いざ人間の側で、これは布巾に、
これは雑巾にと定めてしまうと、その反物はその定められた名の通りになってしまうのです。
名がつけば、その名に縛ばられてしますのですが、


人間はその名を溯って、神のみ心の中に入りきって、
神即ち無名と合体することが出来るのです。


(『日々の祈り』 白光出版)


世界人類が平和でありますように
日本(祖国)が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように
守護霊様ありがとうございます
守護神様ありがとうございます



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