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消えてゆく姿の真髄(2)

  色即の色は神の光明と業想念のまじった、いわるゆる物質世界的な物や現象のことであるが、
空即の色は神の光明波動そのものの現われをさしていっているのである。

 一度この世的な物質世界の物事事柄を空(くう)と切ってしまうと、
その瞬間から神の光明波動が
そのままこの世に現われてくるのである。と釈尊はいっているのである。

そこで消えてゆく姿というのは、
諸行無常という、この世のすべては常に変化していて常住しているものはないという、
現象世界のことだけをいっているようにとれる言葉よりも、
一歩深く、神界の光明波動の中に、
消えてゆく姿という言葉で人の想いを引張っていって
神のみ心の中にバトンタッチしてしまう、
光明世界にその人の想いをつないでしまうことになる。 


(1968年12月『白光』「日々のいのり」)


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